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東京高等裁判所 昭和27年(う)3264号 判決 1953年3月12日

控訴人 被告人 鮑東民 鄭浩安

弁護人 久保千里

検察官 小西太郎

主文

被告人両名の本件控訴はいずれもこれを棄却する。

当審における訴訟費用中弁護人久保千里に支給した分は、これを五分し、その二を被告人鮑東民、その三を被告人鄭浩安の負担とし、証人河合茂登是、同河合庄作に支給した分は被告人両名の平等負担とし、証人平野輝男に支給した分は全部被告人鄭浩安の負担とする。

理由

被告人両名の本件控訴の趣意は、各被告人作成名義の別紙控訴趣意書と題する書面、及び被告人両名の弁護人久保千里作成名義の別紙控訴趣意書と認められる書面記載の通りであるから、いずれもこれを本判決書末尾に添付しその摘録に代え、これに対し次の通り判断する。

被告人鄭浩安の控訴趣意書中量刑不当の論旨、被告人鮑東民の控訴趣意書の論旨、及び弁護人の控訴趣意書第二点について。

刑法第四十二条にいわゆる自首シタル者とは、罪を犯した者で、捜査機関にまだ犯罪が発覚しない場合又は犯罪事実は発覚しているが犯罪人の発覚しない場合に自ら捜査機関に対し自己の犯罪事実を申告した者をいうものであつて、原審証人平野輝男の原審公判廷における供述、当審の事実取調における証人平野輝男に対する尋問調書中の供述記載に依れば、被告人鄭浩安は本件犯行につき同条にいわゆる自首シタル者に該当しないものと認められるし、記録を精査しこれに現われている被告人両名の年齢、経歴、境遇、本件犯行の動機、態様、被害者側の事情、その他諸般の事情を斟酌考量しても原判決が被告人両名を各無期懲役に処したことは科刑過重であると認められない。しこうして記録を調査するに被告人鮑東民は昭和二十四年五月十九日、被告人鄭浩安は同年五月二十五日いづれも本件と同一内容の犯罪事実につき、占領軍裁判所であるアメリカ合衆国第八軍軍事委員会においてそれぞれ重労働三十年に処する旨の有罪の裁判を受け、この確定判決の執行としてその頃から昭和二十七年四月二十八日平和条約発効に至る迄、横須賀刑務所において服役していた事実を認めることができるのであつて、右の占領軍裁判所の裁判は、わが国の裁判権による裁判でないと同時に刑法第五条の予想した外国の裁判でもないけれども、右占領軍裁判所の裁判がわが国の裁判所の裁判に準じた取扱を受けず、わが国の裁判に対し一事不再理の効力を認められていないことから考えると、右占領軍裁判所の裁判は刑法第五条にいわゆる外国の裁判に準ずる裁判と解すべきであるが、同条但書の趣旨とするところは、外国で一旦確定裁判を受け、且つこれに基いて刑の全部又は一部の執行を受けた者に対し、同一行為につき再びわが国の裁判所において刑の言渡をする場合には、彼我の刑の実質を比較し外国で刑の執行を受けたことを考慮して、既に外国で執行を受けた限度内においてわが国における刑の執行を減軽又は免除すべきものとしたもので、いわば外国で執行された刑の実質上の通算を認めたと同様のこととなるのであるから、わが国の裁判所が本件のように無期懲役刑を宣告する場合には、本来その刑期満了に期限のない刑の性質上、外国裁判による刑の執行を受けたことに基いてその執行を減軽する余地がなく、この場合には刑法第五条但書は適用のないものと解する外ないのである。従つて被告人両名が前記のように外国の確定裁判による有期刑の一部の執行を受け終つたとしても、被告両名に対し原審が無期懲役刑を言渡しているのであるから、右受刑事実に基く刑の執行の減軽を言渡していないことは相当であつて論旨はいずれも理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

被告人鮑東民の控訴趣意

私は昭和廿三年十二月廿三日に逮捕せられ廿四年五月十九日米軍東京第一騎兵師団軍事法廷に於いて強盗殺人罪をもつて重労働三十年の有期刑を宣告されました。昭和廿七年四月廿九日講和条約発効と同時に軍事裁判は解消せられたため新に日本政府に依て再裁判されることになつた。

去る七月卅日静岡地方裁判所浜松支部に於いて無期懲役の判決があつた、成程私は彼等両名(共犯千葉刑務所在監)と共に人道上赦し得べからざる残忍極まる大罪を犯した。私は起訴状通り総てを認めて居り彼等両名が無期懲役である以上私をも刑の平衡を保つ為に無期に処すのは御尤もでありますが、しかし私は昭和廿四年から今日迄すでに四年間と言ふ長き期間刑の一部を服役して来ました。此の四年間は逃走期間でも拘留期間でもありません。これは当然此度の再裁判に依つて削除減軽されるものだと思います。仮に私は無期に服し今から幾年後に恩典に浴し減刑に依つて有期になつた場合刑の通算は昭和廿七年七月卅日であつて廿四年五月十九日ではない。それでは昭和廿四年から廿七年迄の四年間と言ふ期間はどうなるのでせうか。私には思ひ諦め切れない苦しい長い四年で有ります。

現在私に処した無期刑は私には不適当と思ひます。其の理由は私の前刑が有期刑である事と刑期の一部を執行して来たこと、また軍裁有期卅年の刑が日本刑法無期に相当するかどうか、御参考に申し上げますが軍裁卅年の上にまだ四十年や無期などが有ります。最後に例へ無期に相当しても通算期日の違ひ以上の様に前例の無い複雑な此の事件に対しどうか裁判官並びに陪席諸判事は御慎重に検討し御公平な裁判を下さる様お願ひ申し上げます。

被告人鄭浩安の控訴趣意

当犯罪事件に於て私は絶対に直接殺人行為を犯して居ないのである。私は決して事実を否定して責任を回避しようとするのではなく、ただ事実ありのままの真貌を明白にしたいのみであります。まず当事件の主謀者は龝山厚、印宮正信であり私は只主犯者龝山、印宮両名の示唆に従わざるを得なくなつた立場において間接的に彼等の犯行を幇助したものに過ぎません。彼私の犯行における役割は絶対に同格ではないのです。何故龝山、印宮が主犯者であるかを申しますれば当犯罪を計画しそして私を同家へ引率して行つたのも、また兇器を準備携帯したのも其の他一切の釆配をふるつたのも彼等両名だからであります。それを同一視された事は甚だ心外に堪えないところであり、また不公正とも思います。龝山、印宮両名の証言を厳密に解析すれば其の証言が如何に不合理且矛盾に満ちたものであるかは一目瞭然であります。彼等両名の証言中、私の行動についての説明が他の共犯者の行動説明に比べて何ら具体的に明瞭にあらわされていないのみならず、随所に不一致の点が多く甚だ不鮮明なものである。彼等両名の証言中外廓的に一致している点は私が他の者同様家屋内へ侵入して共に犯行を演じたと言う点のみである。これは自己弁護に聞ゆる惧れがあるかも知れないが私自身の解釈としては彼等両名がかかる様な虚偽な証言をするのは、私が事件後警察へ自首した事について深く怨恨反感を抱き、故意に悪意を持つてかかる様な事実無根な虚言を捏造し、私をより重い刑に陥す報復手段だとしか考える事が出来ません。若し検察官の論告の如く当時の様な逆上心理や錯乱した精神状態において、到底其の様な細部にわたる動作を記憶する力がないと論じているが、真実彼等が其の様な逆上錯乱した意識状態であつたならば、到底犯行時間中に私が果して屋内に居たか否かを確認する事も困難であるに違いないと私は思う。龝山、印宮両名の証言に対照して共犯者鮑東民の私に対する証言は明瞭鮮明にすべてが具体的に陳述されて居り非常に真実性を帯て居り終始一貫不変に述べられて居る。何人が見てもどうしても取つてつけた様に思われないものがある。私は事件後良心に従つて警察へ自首出頭致しました。これについては証人小沢実の証言中にもはつきりと詳細に述べられて居ります。そして事件内容の全てを係官に陳述し、又共犯者の姓名、年齢、特徴、逃走経路其の他知る範囲内の事を一切包み隠さずに供述致しました。その故深く彼等の憎悪を買つた事は前述の通りであります。法律的見地より見て、此の自首は法律上の自首に成るか否かは別問題として、真実私は心底より悔悟して警察へ自首して出たものであります。

決して逃亡し得えなくなつたから自首したのではありません。此の点についてはどうか私の心情を少しでも斟酌して下されたく存じます。

私は既に当事件については昭和二十四年五月二十五日米第八軍軍事委員会に於て殺人罪に依つて有罪を宣せられ重労働三十年の刑を受けました。然し米国の刑の算法は日本と違ひ、服役第一年は十ケ月を以て満期となし、第二年より以後は全部八ケ月を以て満期とするものと規定されて居ります。故に私の全刑期を通じての服役すべき期間は二十年二ケ月であります。即ち昭和四十四年七月二十五日には満期釈放される事が確定される事が確定されて居ります。また昭和三十四年五月二十五日には全刑期の三分の一に達し、仮出獄の恩典に浴する可能性も十分にあります。そして私は既に昭和二十三年五月以来今日に至る迄、未決既決監を通じて四ケ年以上の刑の執行を受けて来たものであります。此に対しては刑法第五条但書「外国裁判を受けた者に対し、我が国で今一度刑の言渡しをする場合に外国で既に受けた刑の執行を我国の刑の執行に当り之を考慮し、其の限度内に於て日本に於ける刑の執行を減軽又は免除す」と明示されてある通り、当然刑の減軽若しくは執行免除の恩典が与へらるべきものと考へられます。然るに今度の日本裁判に於ける判決は米軍軍事裁判の刑より過重であり、あまりにも苛酷である。しかも昭和二十三年五月より今日に至る間の刑の執行を受けて来た事実に対しては何らの考慮も払われて居りません。例へ法律的には軍事裁判が無効になつたとしても、私自身が四ケ年以上服役して来た事は、厳然としたかくれのない事実であります。それを全々無視されては、あまりに非道であり、人権を蹂躙されて居ると思ひます。それ故私は今日迄の特殊な事情を理解して下さる事を願ひ、法定減刑の適用を要求するものであります。

龝山、印宮両名の刑と私の刑の間に甚だ均衡を欠いているものがあると思ふのであります。何故ならば彼等両名は確か昭和二十三年に無期懲役の刑が確定されたものと記憶して居ります。然し刑法第二十八条に依ると「無期刑に付いては十年を経過したる後、行政官庁の処分を以て、仮に出獄を許すことを得」とあります。とすれば彼等両名は昭和三十三年には仮出獄を許される可能性があります。然し私の場合今日迄の軍事裁判が無効になつた為に、あらためて昭和二十七年七月三十日より、最少限度十年間を経過しなければ仮出獄を許される可能性がないのであります。此の為彼我間に四ケ年のギヤップが生じ刑の均衡を非常に欠くものと考へられるのであります。

以上種々の理由を以て私は控訴趣意と致すものであります。何卒よろしく御検討下さる様また今日迄の諸般の情状を斟酌して下さつて今一度再審理致されん事をお願ひするものであります。

(弁護人の控訴趣意は省略する。)

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